恋時雨~恋、ときどき、涙~

そうか。


そうだった。


もう、わたしたちに、優しい時雨が降る事はない。


小さく、静かに息を吐く。


わたしはソファーを立ち、キッチンへ向かった。


このキッチンで初めて作った料理は、ハヤシライスだった。


ぴかぴかに磨かれたシンクをそっと撫でる。


そして、このキッチンで最後に作った料理も、ハヤシライスだった。


健ちゃんの大好物。


この数か月、毎日、ここでご飯を作った。


朝も、夕方も。


健ちゃんは何が食べたいのだろう、そんな事ばかり考えていた。


でも、何を作っても、例え失敗作に終わっても。


健ちゃんは決まって、「うまいうまい」と言って残さずに食べてくれた。


激マズの物でも、うまい、って。


真っ黒焦げになってしまった焼き魚も、石のように固いから揚げも、何でも。


健ちゃんは、そういう人だった。


無邪気で、あっけらかんとしていて、暖かくて、それはまるで……。


わたしは、小さく深呼吸した。


わたし、けっこう、好きだったなあ。


オレンジ色の西日が射しこむ、キッチン。


大好きだった。


そして、このキッチンからの眺めが何より好きだった。


ふいに、暖かな気配を背中に感じて振り向くと、いつもそこのソファーに寝転んで、健ちゃんはテレビを観ていたっけ。


「バカだんけ! こいつ、おもしれー」


なんて、大きな口を開けて、わははわははと豪快に笑っていた。


とにかく、暖かくて。


健ちゃんが居るその空間はまるで……。


わたしはリビングに戻り、部屋をぐるりと見渡した。