恋時雨~恋、ときどき、涙~

やわらかなスパイスが効いた香りが漂ってくる。


いい匂い。


ふと、キッチンを覗いて、その後ろ姿に胸がときめいた。


すらりとした長身。


ライオンみたいにふわふわにセットされた髪の毛。


大好きな、健ちゃんの背中。


バカみたいだ。


今更ときめいたって、もう、どうにもならないのに。


時計を見ると、5時45分を過ぎたばかりだった。


窓の外でいっぱいに両手を広げている、青空。


キッチンに立つ健ちゃんは、もう着替えていて、昨日帰宅した時の乱れた姿は嘘のようだった。


洗濯済みの、新しい仕事の作業着。


どうやら、ハヤシライスを温め直しているようだった。


やわらかそうな髪の毛が、わたしの胸を締め付ける。


すらりとしたその後ろ姿も。


健ちゃんの背中を見つめていたその時、不意に健ちゃんが振り向いた。


「おー、真央」


びっくりした。


「起きたのかあ」


びっくりした。


「おはよう、真央」


びっくりした。


いつもと何ひとつ変わりない、あっけらかんと笑う健ちゃんに、びっくりした。


まさか、振り向いた健ちゃんが笑っているなんて、想像もしていなかったから。


固まって立ち尽くすわたしに、健ちゃんはニッと白い歯をこぼした。


「昨日はごめんな。飲みすぎた。だんけ、スッキリしたんけな」


ますます、びっくりした。


わたしは固まり続けた。


健ちゃんがあまりにも元気で、あまりにも普通に笑うから。