恋時雨~恋、ときどき、涙~

その空気に耐えかねて、わたしは席を外した。


化粧室でメイクを直し戻ると、レースのカーテンの向こうで、


「……そういうことだから」


と真面目な顔の健ちゃんが、ふたりに何かを話し終えた様子だった。


「あ……真央さん」


わたしに気付いた健ちゃんのお父さんが、ぎこちなく微笑む。


その隣で、健ちゃんのお母さんは放心状態で健ちゃんを見つめていた。


「お帰り」


微笑む健ちゃんの隣に座り、その肩を叩いた。


〈何を話していたの?〉


「うん」


と頷くばかりで、健ちゃんはただ微笑むばかりで。


答えてはくれなかった。


何が何だかよく分からないまま、打ち解けることもなく、食事会は終わってしまった。


交際を応援すると言われたわけじゃなければ、反対だと言われたわけでもなく。


「帰る前に、御手洗いに寄るよ」


といちばん最初に席を立ったのは、難しい顔の健ちゃんのお父さんだった。


健ちゃんは「会計を済ませてくる」とカウンターへ向かった。


気まずい。


なぜだか、わたしは顔をあげることができずにいた。


彼女と目を合わせることを、わたしは本能的に避けていたのかもしれない。


ふたりきりになったとたんに、胸がざわざわしたのだ。


うつむくわたしの方へ、白くて細い指が伸びてきて、真っ赤な爪がテーブルを叩く。


顔を上げると、健ちゃんのお母さんと目が合った。


「真央さん」


その唇が動く。


「ひとつ聞いてもいいかしら。分かる?」