恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんが、わたしの手のひらに指で書いた。


亮 太


わたしは手のひらを見つめた。


り ょ う た


「弟。ごめんな。あいつ、もともと冷めてるやつだんけ。気にすることねんけな」


わたしは頷いた。


嘘の笑顔を必死に作って、笑った。


「真央」


健ちゃんが、わたしの顔を扇ぐ。


「呼んでる」


見てみると、健ちゃんのお母さんがわたしを見つめていた。


「真央さん」


紅い唇が、初めてわたしの名前を言った。


「私の言ってること、分かる?」


ゆっくり話してくれたから、とても読みやすかった。


わたしは微笑みながら頷いた。


「そう。唇は読めるのよね」


もう一度、頷く。


「そう。良かった」


初めて、健ちゃんのお母さんが小さく微笑んだ。


でも、ぎこちない、引きつった笑顔だった。


それからは質問責めだった。


歳はいくつ?


どこの短大?


どうやって講義を受けているの?


お友達はいる?


親御さんはいつ戻って来るの?


健太との暮らしに不便はないの?


質問にひとつひとつ答えていくうちに、健ちゃんのお母さんの顔からひとつひとつ笑顔が消えていった。


「かなこ。そのくらいにしておきなさい」


質問責めを遮ったのは、健ちゃんのお父さんだった。


「真央さんが困ってるじゃないか」


「でも、あなた」


と言いかけて、そうね、と健ちゃんのお母さんはムッとして椅子にもたれた。


なんとも言えない淀んだ空気が、重くのしかかる。