恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんの弟さんが、わたしを睨んでいるような気がした。


「なに、この食事会。ぜんぜん会話がないじゃん」


あ……。


「ばかばかしくて、飯がまずくなる」


とっさに、わたしは肩をすくめた。


わたしのせいだ。


わたしの耳が聴こえないから。


当たり前にあるはずの会話が、無いから。


「これじゃ、お通夜じゃん」


帰ろうとする弟を、健ちゃんのお父さんが止めた。


「りょうた。なんてこと言うんだ。真央さんに謝りなさい」


そんなふたりを横目に、健ちゃんのお母さんは涼しい顔でシャンパングラスを手にした。


あまり、健ちゃんと似てないな。


絵に描いたような美人で、キャリアウーマンのようにかっこよく見えた。


真っ白なツーピースが、とても良く似合っている。


でも、あいさつの会釈以来、わたしとは一度も目を合わせてくれない。


それが切なかった。


それだけで、わたしには分かってしまう。


健ちゃんのお母さんは、わたしたちの交際を良く思っていないということを。


帰る、帰るな、の口論を続けるふたりに、健ちゃんのお母さんは言った。


「あなた。りょうた。やめてちょうだい、みっともないわ」


シャンパンを飲むその仕草は、高貴だった。


「りょうた。帰りなさい。もう食事は済んだもの。これから先の話は、私たちで十分よ」


ね、あなた、そう添えて、健ちゃんのお母さんはグラスのシャンパンを一気に飲み干した。


気まずいったらなかった。


「すまない、真央さん。気を悪くさせてしまったね」


申し訳ない、と謝る健ちゃんのお父さんに、わたしは首を振った。