恋時雨~恋、ときどき、涙~

「初めまして。健太の、父、です」


まさか、健ちゃんのお父さんが手話をしてくれるとは、これっぽっちも想像していなかったから。


びっくりして固まるわたしをみて、


「あれ、やっぱり間違えたか」


健ちゃんのお父さんは焦り始めた。


「昨日、練習したんだけどなあ」


その手話は間違ってなかった。


嬉しかった。


たったひとつの手話だったけれど、彼は覚えてくれたのだろう。


〈ありがとう〉


わたしの手話を健ちゃんが訳して伝えると、健ちゃんのお父さんはほっとした様子で笑顔になった。


良かった。


優しそうなお父さんで。


でも、わたしたちのやり取りを怪訝な目で見ているふたりが、とても気になった。


健ちゃんのお母さんと、弟さんだ。


難しい顔をして、わたしを見ている。


わたしが会釈をすると、ふたりは無表情で会釈を返した。


席につくと、前菜が運ばれてきた。


健ちゃんのお父さんが、にこやかに話し掛けてくる。


でも、早口でうまく読み取れず首を傾げていると、健ちゃんが教えてくれた。


「真央のこと、可愛らしいお嬢さんだって。そう言ってるんけ」


見ると、健ちゃんのお父さんは照れくさそうにサラダをかき込んだ。


スープやパスタが次々に運ばれてきて、食事も一段落した時だった。


「やってらんねえや」


突然、健ちゃんの弟さんが席を立った。


「付き合ってらんねえよ。悪いけど、帰る」


その唇を読んで、わたしは固まった。