恋時雨～恋、ときどき、涙～

静奈はハンドルを操作しながら、わたしに見えるようにゆっくりと唇を動かした。


「たまには、いいじゃない。なにごとも、経験。付き合って」


それを読み取り、わたしは今までよりもっと深くシートに沈んだ。


分かっている。


静奈が、わたしを、もっと社交的かつ協調性豊かな女の子にしようとしている事は、分かっている。


耳が聴こえない事で、いつしか、わたしは何に対しても消極的になってしまったからだ。


美岬海岸入り口の交差点で信号待ちの時、静奈が、わたしの肩を２回たたいた。


「順也も居るよ。だから、平気でしょ？」


そう、静奈の唇が言った。


何も答えようとしないわたしに、静奈は微笑みながら両手を動かした。


「大丈夫。みんな、順也の友達なんだから」


そう手話をした手で、静奈はまたハンドルを握った。


赤信号がぱっと青信号に変わり、車は走り出した。