恋時雨~恋、ときどき、涙~

うそでしょ。


だって、ひとつの説明もなく、突然、健ちゃんの家族と食事だなんて。


わたしは、健ちゃんに飛び付いた。


〈きいてない! どうして、前もって言ってくれなかったの?〉


どうして! 、と睨みながら指差すと、健ちゃんはすっと背筋を伸ばした。


「この方がいいと思ったから。先に言っておいたら、真央は悩むだろ?」


〈どういうこと? 意味が分からない〉


「おれが全然気にしてないくても、真央は気にするだろ?」


〈何を?〉


わたしはぶっきらぼうに人差し指を左右に振った。


健ちゃんが、耳を指差した。


「耳が、聴こえないこと」


脱力感に襲われた。


わたしは、両手を下ろした。


そうだったのかもしれない。


もし、一週間前に知らされていたとしても、わたしは今日ここへ来ていなかったのかもしれない。


そうじゃなくても、土壇場になって逃げ出していたかもしれない。


耳が聴こえない。


その事が原因で、はなから健ちゃんの家族に反対されるのが怖くて。


逃げ出していたかもしれない。


肩をすくめたわたしに、健ちゃんは微笑んだ。


「大丈夫だんけ。真央の耳が聴こえないこと、親に話してある。何も心配するな」


〈でも〉


と手のひらを見せたわたしの手をそっと握って、健ちゃんは微笑みながら首を振った。


「そんな顔して欲しくねんけ。真央は、俺の自慢の彼女だんけなあ」


ただ、と健ちゃんはひとつだけ、わたしに条件を出した。