恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしが頷く前に、健ちゃんは唇を重ねてきた。


幸せすぎて、くらくらした。


いつもよりおめかしをして何も知らずに部屋を出たのは、西日が降り注ぎ始めた頃だった。


アパートの駐車場を、大家のおじいさんが竹箒で掃除していた。


わたしたちに気付いた大家さんが、にっこり笑って眼鏡を人差し指でくいっと押し上げた。


「なんだべ。そんな洒落た格好して。パーテーさでも行くんだがや」


ぺこりと会釈をしたわたしを見て、大家さんはうんうんと頷いた。


「めんこいめんこい。めんこいのう」


〈ありがとう〉


わたしの両手を見て、うん? と首を傾げた大家さんに、


「じっちゃん、ありがとうだってさ」


とすかさず健ちゃんが訳す。


「ほうほうほう。どうもどうも」


そう言って、大家さんはにこにこしながら、またそこらじゅうの枯れ葉を集め始めた。


健ちゃんが、わたしの肩を叩いて大家さんを指差した。


そして、わたしの首にぶら下げてあったメモ帳をとって、ボールペンを走らせた。


【ザッ ザッ ザッ】


その文字を指差しながら、わたしは首を傾げた。


〈何?〉


「たけぼうきが、アスファルトにこすれる音」



いつもよりちょっとかっこいい健ちゃんが教えてくれた、音。


たけぼうきが、アスファルトにこすれる音。


ザッ、ザッ、ザッ。


健ちゃんといると、楽しい。


いろんな音が見える。


聞こえないけど、いろんな音が見える。


「行くんけ」


わたしと健ちゃんは、自然に手を繋いで歩き出した。