恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしはミラーを落としてしまった。


一瞬、誰だか分からないくらいだった。


「待たせた。めんぼくねんけ」


いつもぼさぼさのライオン頭は、おしゃれな無造作ヘアーにセットされていて。


いつもだぼだぼのスウェットばかりのくせに。


タイトな黒のスーツに、爽やかなライトブルーのワイシャツ。


おしゃれな、都会の大人の男性みたいな健ちゃんを見たのは初めてで、ほっぺが熱くなった。


びっくり。


健ちゃんが、実はいい男だということを、改めて思い知らされた。


毎日一緒に居るはずなのに、見とれてしまう。


「じろじろ見るな。こういう格好は苦手だんけ」


わははは、と照れ隠しに笑うその仕草は何も変わらず、相変わらずだけど。


やっぱり、見とれてしまう。


わたし、この人に何度恋に落ちれば気がすむんだろう。


「落としたぞ。お、良かったな、割れてない」


フローリングからミラーを拾って、健ちゃんが差し出した。


「やっぱり、真央は水色が良く似合うんけ。空の色。海の色」


〈ありがとう〉


手鏡を受け取ろうとした瞬間、健ちゃんがわたしの手を掴んだ。


くらくらした。


「真央」


わたしの名前を呼んだその唇が、近付いてくる。


海とお日様の匂い。


健ちゃんの香水の匂いが、わたしをくらくらさせる。


真剣な目をして、健ちゃんは言った。


「これから先、どんなことが待っていても。おれのことだけは、信じて」