恋時雨~恋、ときどき、涙~

縦横15センチほどの小さな紙袋だった。


それを幸の手に持たせて、嵐さんのお母さんは微笑んだ。


「嵐はちゃっかりもんや。大事な親の顔忘れてしもても、これだけはちゃんと覚えとったんや」


幸は目を丸くして首を傾げた。


「これ、何なん?」


呆然とする幸に、彼女は母親のようにそっと微笑んだ。


「嵐の身の回りのもん整理しとったら、出て来たんよ。あの子」


親の顔も友達の名前も、自分のことも、思い出も。


毎日、ひとつずつ忘れていってしもた。


せやけど、これだけは忘れてなかったみたいや。


「やっぱり、ちゃっかりしとるわ。あの子」


そう言って、彼女は幸に「おめでとさん」と微笑んだ。


え? と幸が首を傾げる。


「何よ。アルツハイマーの嵐が忘れんでおったのに、さっちゃんは忘れてしもたんかいな」


そう言って笑って、嵐さんのお母さんは幸の泣き顔を指差した。


「もうすぐ、4月20日やで」


その唇を読んで、わたしはハッとした。


静奈もハッとした顔で、幸を見つめている。


「さっちゃんの誕生日やんか」


何だか色々重なり過ぎて、みんな必死だったから。


きっと、幸本人も、そうだったんだと思う。


4月20日は、幸の、二十歳の誕生日だ。


「うそやん」


幸は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、白い紙袋にそっと手を突っ込んだ。