恋時雨~恋、ときどき、涙~

ごめんね、と両手を合わせると、健ちゃんが車から降りてきた。


「こっち来て」


健ちゃんはわたしの手を引いて、アパートの軒したに移動した。


「風邪ひくなよ」


着ていたジャケットをわたしに羽織らせ、健ちゃんが笑った。


「一緒に暮らしてから、初めての外泊だんけなあ」


そう言われると、そうだ。


親元を離れ、健ちゃんのアパートで同棲を始めてから、わたしたちは毎日一緒にいる。


外泊は一度もない。


健ちゃんは着ていたスウェットの裾で、霧雨でしんなりしたわたしの前髪を拭いた。


「ちょっと心配だけどな」


健ちゃんが、わたしの額を人差し指でひと突きした。


「本日、初めての外泊を許可する」


髪、濡れてるんけ、風邪引くなよ、そう手話をして軒したを飛び出して、健ちゃんは車に乗り込んだ。


車を見つめていると、助手席側のウィンドウが開いて、健ちゃんが顔を覗かせた。


健ちゃんは笑っていた。


「今日の雨は、春の音がするんけ」


優しい音、と健ちゃんは雨の夜空を指差した。


わたしと健ちゃんの距離を、春の雨が濡らす。