恋時雨~恋、ときどき、涙~

大きな大きな、口だったから。


「やめろ言うてるやろ! 真央!」


じゃあ、幸もやめて。


わたしは、幸を睨んだ。


首筋にひんやり冷たい感触が走る。


わたしはキッチンから持ち出した出刃包丁を握り締めて、刃先を首筋に当てた。


幸が、わたしを睨み返してくる。


わたしは幸を指差した。


〈幸が死ぬなら、わたしも死ぬ〉


わたしの手話を見て、幸が息を呑んだ。


〈死んだら、幸は、天国でひとりぼっちになる。寂しいでしょ? 幸を、ひとりにさせたくない〉


だから、わたしも一緒に死ぬ。


「なに言うてんねん。真央が一緒に来てくれんでも、平気や。嵐がおる」


幸が天井を指差した。


「あっちで、嵐が待っとってくれてるんやから」


幸は、バカだ。


幸は、甘いよ。


わたしは首を振った。


〈彼は、幸を、待っていない〉


わたしの両手を見た幸の顔付きが一変した。


「待っとる! 待っとるに決まっとるやん。なに言うてんねん」


しつこく、わたしは首を横に振り続けた。


〈あっちに〉


幸の肩越しにある窓ガラスの先を、指差した。


〈あっちに、幸の居場所はないよ〉