恋時雨~恋、ときどき、涙~

幸に追い付いた中島くんが、腕を引っ張った。


「しつこいやっちゃ!」


幸がバッグを凶器にして、中島くんを叩く。


その勢いで、中島くんは芝生に尻餅をついた。


幸が中庭を駆け抜けて行く。


夢も希望も感情も、すべてを振り落とすくらいの速さだった。


まるで、敵から逃れるように。


春の風を切り裂きながら、幸は走り去った。


わたしは、そこから動けなかった。


立ち上がることもできそうになかった。


それくらい、わたしには衝撃的な現実だったのだ。


幸が手首を切っていたことも、別人のように豹変し取り乱した幸を見たことも。


切なくて、哀しくて、身動きが取れなかった。


走り去った幸を、中島くんが追い掛けて行った。


肩を叩かれて顔を上げると、静奈が立っていた。


「私、幸を放っておけない。真央を置いて、追い掛けてもいい?」


静奈が泣きながら、わたしに訴えてくる。


わたしは手話すらできなくて、ただ、無心に一度だけこくりと頷いた。