恋時雨~恋、ときどき、涙~

幸を離して!


中島くんを押し飛ばそうとした瞬間、わたしは息を止めた。


わたしの周りだけ、酸素が無くなってしまったんじゃないかと不安になった。


目を閉じることが、できなかった。


何?


わたしは、完全に瞬きの仕方を忘れてしまっていたのだ。


中島くんに掴まれていた幸の左手首を見て、わたしは言葉を失った。


真っ白なジャケットの袖に隠れていて、今日まで気付かなかった。


びっくりした。


無数の痛々しい傷痕が、幸の手首を埋め尽くしていた。


誰かに押し飛ばされたわけではなかった。


決して、何かにつまづいたわけでもない。


けれど、わたしは何かにぽんと押し飛ばされたように、芝生に尻餅をついた。


もう、動けない。


幸……手首を……切ったの?


中島くんと目が合った。


「真央も、見たよね?」


わたしは首をふるふると横に振った。


嘘だ。


見ていない。


嘘。


頷く勇気が、わたしにはなかった。


見ていない。


わたし、きっと、何も見ていない。


幸を見たくても、直視できそうになかった。


膝が小刻みに震えた。