恋時雨~恋、ときどき、涙~

「真央が」


と、優しい人差し指がわたしを差す。


わたしは、今、目の前にいるこの人を、たまらなく好きで仕方ない。


健ちゃんは笑った。


「真央が、ちゃんと笑った。だんけ、安心した」


帰ろう、と手話を添えて、健ちゃんはわたしに背を向けて歩き出した。


どうしてだろう。


どうして、この人は、こんなにもわたしを気にかけてくれるのだろう。


そのひとつひとつの手話で、わたしを、世界一の幸せ者にしてくれる。


それなのに、どうして、わたしはこの人の名前すら呼ぶことができないのだろう。


待って、健ちゃん。


そのたったふた言すら、声にできないのだ。


わたしは駆け出した。


わたしが駆け出したと同時に、健ちゃんは歩きながら左手を伸ばしてきた。


わたしは驚いた。


もしかしたら、わたしの心の声が健ちゃんに届いたのかもしれない。


なんて、わたしは自惚れてしまった。


健ちゃんは背を向けたまま、手を繋ごうか、とでも言いたげに左手を伸ばしてきた。


わたしがその手を掴むと、健ちゃんはわたしの手をきゅうっと握り返した。


胸が苦しい。


わたし、この人の手が、たまらなく好きだ。