恋時雨~恋、ときどき、涙~

颯爽とした足取りだった。


亘さんは一度も後ろを振り返ることなく、背筋を真っ直ぐに伸ばして、エレベーターに消えていった。


その背中を見送っていると、健ちゃんに頭をぽんと叩かれた。


顔を上げると、そこには健ちゃんの両手があった。


「帰るんけ。この、浮気者め」


顔から火が吹きそうだ。


〈ひどい!〉


わたしは怒った表情を作って、健ちゃんの肩を小突いた。


健ちゃんが反撃をしてきた。


「真央は狂暴だんけ」


〈わたし、浮気なんてしてない!〉


乱暴に手話をして、わたしは床を2回踏んだ。


「狂暴にも程があるんけー」


わははは、と健ちゃんは豪快に笑った。


それはとても可笑しそうで、つられて、わたしも笑ってしまった。


「真央」


健ちゃんの右手が、わたしの顔を扇いだ。


「帰ろう。行こう」


と健ちゃんは入り口に向きを変えた。


でも、すぐに振り向き、少し寂しそうな顔をした。


「良かった。安心、したんけ」


珍しく遠慮がちに、ゆっくり、健ちゃんが両手を動かす。


〈なに? 本当に、わたしと亘さんを疑ったの?〉