恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈そんなことない! わたしと健ちゃんは大丈夫!〉


わたしは両手を乱暴に振り回して、果江さんを睨んだ。


〈あなたと、わたしは、違う!〉


「何なの」


果江さんが首を傾げて、わたしを睨み返してきた。


「だから、分からないのよ! あなたの言いたいことが分からない」


わたしだって、分からない。


果江さんの言いたいことも、果江さんの声も。


分からない。


この世界に溢れている全ての音が、わたしには分からない。


聴こえない。


わたしはメモ帳にボールペンを走らせたあと、果江さんに投げ付けた。


果江さんは床に落ちたメモ帳を拾い上げると目を落として、またわたしを睨み付けた。


【帰って】


「ちょっと……」


それでも、果江さんはしつこくわたしに詰め寄ってくる。


〈来ないで!〉


でも、わたしは果江さんをかわして、東に位置している一室に飛び込んだ。


がらんとした部屋に入り、ドアを乱暴に閉めて鍵をかけた。


8畳ほどの部屋にはひとつも物が置かれていない。


ぐるりと一面、天井も、オフホワイト色の壁紙が張り巡らされてあるだけだ。