恋時雨~恋、ときどき、涙~

乱暴に、メモ帳にボールペンを走らせる。


【できません】


果江さんにどんなに恨まれてもいい。


でも、健ちゃんだけは譲れない。


メモ帳に目を落とした果江さんは時折かなしそうに、でも、苦しそうに涙を堪えていた。


けれど、どうしても、わたしも譲れなかった。


どうしても。


簡単に譲れるようなことじゃなかった。


どちらも譲らず睨み合っていると、果江さんがハッとした顔をしてバッグに手を突っ込んだ。


取り出したものはスマホだった。


画面を見つめて、ハッとしている。


でも、すぐにスマホをバッグに押し込んだ。


「そろそろ帰らなきゃ。薬の時間だから」


と、果江さんは心臓の辺りを優しい手つきでそっと押さえた。


「でも、最後にひとつだけ、これだけは言っておきたくて。だから、今日ここへ来たの」


少し早口の果江さんの唇を、わたしは必死に追い掛けた。


わたしが頷くと、果江さんは話し続けた。


「あなたと健ちゃん。今は、うまくいってるかもしれない」


もう、日が暮れ始めている。


ついさっきまで西陽が射し込んでいたリビングが、寂しい色に染まり始めていた。