恋時雨~恋、ときどき、涙~

脱いだパンプスを几帳面に揃えて、玄関の隅に置いたり。


お辞儀をするときの、控えめな角度だったり。


とてもしとやかだ。


「リビングに行ってもいい?」


わたしが頷く前に、果江さんはすたすたとリビングへ向かった。


なんて堂々としている人なのだろう。


でも、果江さんが突然あわて始めた。


すごい勢いで引き返してくる。


「ちょっと! 大変!」


大きな口で言ったあと、果江さんはわたしの腕を強く引っ張ってキッチンへ駆け出した。


わたしは、飛び跳ねてしまった。


本当に大変なことになっていた。


ガスコンロにかけていた鍋がけたたましいほどの蒸気を上げて、沸騰していた。


わたしは慌てふためいて火を止め、ふうと安堵の息を吐ききった。


大変だ。


もう少しで噴きこぼれてしまうところだった。


振り向いてに頭を下げると、果江さんは可笑しそうに笑った。


「しっかりしなさいよ! 火事になるじゃないの」


わたしはとっさに〈ごめんなさい〉の手話をした。


両手を合わせて、頭を下げる。


〈ごめんなさい〉


顔を上げると、果江さんは笑っていた。


「ちょっと、何それ。私、神様じゃないのに。拝まないでよ」


あ、そうか。


果江さんは手話がわからないのに。