恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんに立たされ、言われるがままわたしは一階のリビングへ降りて行った。


合鍵をきつく握りしめながら。


そして、今まで感じた事のない不安と闘いながら。


リビングに入ると、ソファーにお父さんとお母さんが座っていて、向かいに静奈が背中を丸めて座っていた。


「座って」


健ちゃんに促され、わたしは静奈の隣に、お母さんの正面に座った。


健ちゃんがわたしの左隣に腰を降ろすと、お父さんがわたしを見つめた。


「真央。落ち着いて、しっかりきいてほしい」


そう手話をしたあと、お父さんはA4サイズの紙をテーブルの上にそっと置き、わたしの前に滑らせてきた。


「見て」


その紙に、視線を落とす。


1番最初に飛び込んで来たのは「転勤」という文字だった。


東京都

板橋北区 〇〇〇〇


そして、お父さんの名前が記載されてあった。


わたしは震える両手で、お父さんに訊いた。


〈お父さん、転勤するの? 東京に?〉


お父さんが頷く。


「3年間。でも、3年後はまたここに戻って、ここで暮らせるよ」


〈わたしも……行かなければいけない?〉


お父さんは首を振って、肩をすくめながら小さく笑った。


「それは、真央が決めなさい」


わたしは、右隣でうつ向いたままの静奈を見つめた。


静奈と、離れたくない。


同時に、順也とも離れたくない。


健ちゃんと離れるなんて、嫌だ。


でも、お父さんとお母さんと離れて暮らすのも、考えられない。


想像がつかないのだ。