恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈健ちゃん?〉


わたしは、呆然とする健ちゃんの顔を扇いだ。


健ちゃんは照れくさそうに笑って、誕生日わすれてたんけ、と八重歯をこぼれさせた。


可笑しかった。


自分の誕生日を忘れる人がいるなんて。


わたしが笑っていると、健ちゃんがあっかんべーをした。


「笑うなよ。最近、忙しかったんけ。しょうがねんけな」


そう言って、健ちゃんはわたしを抱き寄せ、顔を近付けてきた。


その瞬間、わたしは後悔した。


どうして拒んでしまったのか、自分でもよく分からなかった。


「真央……?」


〈ごめん〉


わたしは、傷付いた顔の健ちゃんの胸を軽く押し返して、わざとらしく手話をした。


〈お腹、減ったでしょ? ハヤシライス、作るね〉


ハヤシライスは、健ちゃんの大好物だ。


だから、おいしいのを作りたくて、お母さんからレシピをきいてきた。


健ちゃんは腑に落ちない顔をしたけれど、すぐに笑って「着替えてくるんけ」と、キッチンを出ていった。


わたしは気付いていたのだ。


たった今、わたしと健ちゃんに溝が生じたことを。


でも、気付かないふりをして、わたしはハヤシライス作りに取りかかった。


人参の皮をむいていると、スウェットに着替えた健ちゃんが来て、キッチンの中をうろうろし始めた。


何かを探しているようだ。