恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしが頭を上げると、ライオン丸はにっこり微笑んでいた。


夕陽よりも濃くて、朝陽よりも眩しい笑顔だ。


「じゃあ、心の中でおれを呼ぶ時、けんちゃんて言えばいんけ。な」


わたしは微笑んで頷いた。


この海岸に来るまでの重い鉛のような心が、いつの間にか軽くなっていた。


健ちゃん。


心の中で、こっそり言ってみる。


わくわくして、楽しくなってくる。


心の中で誰かをニックネームで呼んだのは初めてだ。


わたしは両手をゆっくり動かして、ありがとう、と手話をした。


「ごめん。手話、分からねんけ。何だ、それ」


あっけらかんとした顔で言った健ちゃんを見て、わたしはもう一度、木の棒を拾い砂に書いた。


【ありがとう】