恋時雨~恋、ときどき、涙~

ケンカをするたびに折れてくれていたのは、いつも健ちゃんだったから。


お母さんが、わたしの肩を撫でた。


「頑張れ! 真央」


わたしは、首を傾げた。


〈頑張る?〉


お母さんがしっかり頷く。


「真央は、今まで、たくさん頑張ってきたことあるでしょ? 手話教室、高校受験、短大の受験も」


わたしは頷いた。


「頑張ると、結果がついてくるよ。だから、受験に勝てた」


〈だから?〉


「だから、恋も同じよ」


わたしは首を傾げた。


頭がぐるぐるした。


お母さんの両手はきびきびと動く。


「耳が聴こえない代わりに、人より頑張れるように、産んでおいたから」


〈頑張れるように?〉


「そう。努力をすれば、ちゃんと乗り越えていけるように、真央を、強い子に産んである」


わたしは、自分の両手を見つめた。


わたしは音を聴いたことがないし、声を出す勇気もない。


でも、わたしの手は、たくさんの言葉を知っている。


情けなくて惨めな手だ。


静奈みたいにスタイルのいい指じゃないし、子供みたいに小さな手だ。


お母さんが、わたしの顔を扇ぐ。


「真央?」


ご飯支度と、洗濯の柔軟剤の優しい香りがした。