恋時雨~恋、ときどき、涙~

お母さんの肩を叩いて、微笑んだ。


振り向いたお母さんが、ぱっと笑顔になった。


唇が「真央」と動いた。


〈なに買って来たの?〉


「チーズ。グラタン作ってたんだけど、切れてたの忘れてて」


わたしは笑ってしまった。


〈おっちょこちょいだね。お母さん、抜けてるから〉


お母さんはムッとした顔をしたあと、やわらかく微笑んだ。


「おっちょこちょいなところは、真央に似たのよ」


〈ひどい。わたしは、おっちょこちょいじゃない〉


「え? そうかなあ」


〈そう。それに、お母さんが、わたしを産んだのに〉


わたしとお母さんは笑顔で睨み合ったあと、同時に吹き出した。


お母さんが不思議そうな顔をして、わたしの肩を叩いた。


「もう、帰ってきたの? 今日は、健ちゃん、送ってくれなかったのね」


わたしは、無理やり笑顔を作った。


〈急に用事ができたって。引っ越し祝いは、延期〉


「そう。残念だったね」


わたしが頷くと、お母さんが手を繋いできた。


お母さんの手は、優しい感触がする。


大好きだ。


わたしのために、誰よりも早く手話を覚えてくれた、優しい両手だ。


お母さんの手が温かくて、泣きそうになった。