恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、健ちゃんを突き飛ばした。


果江さんが分からないと知っていても、手話をやめることができなかった。


〈健ちゃんを返してって、言ったよね?〉


果江さんは難しい顔をして、首を傾げた。


〈わたし、果江さんから、健ちゃんを譲ってもらった覚えはない〉


わたしの両手は止まらなかった。


〈もう、返して欲しいなんて言わないで! 健ちゃんは、物じゃない!〉


わたしは急いでアパートを飛び出した。


外は、もう、薄暗くなりはじめていた。


冬なのに、雪じゃなくて雨が降っていた。


ミストのような、冷たくて細かい雨。


いつも、何かあるときは、必ずと言っていいほど雨降りだ。


わたしと健ちゃんに何かあると、いつも、雨。


わたし、なんて惨めなんだろう。










とぼとぼ歩きながら、近所のスーパーマーケットの手前に来た時だった。


わたしの大好きな人が、スーパーマーケットから出てくるのが見えた。


焦茶色のショートカットヘアーで、小柄なひと。


お母さんだ。


エプロン姿のまま、小さなビニール袋を片手に、家の方向へ向かって歩いている。


わたしは、涙を拭いて駆け出した。