恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんが驚いた顔をして、立ち尽くしている。


〈違う!〉


わたしは、乱暴に手話をした。


〈違う! 健ちゃんの匂いじゃない!〉


健ちゃんはハッとした顔をして、服の匂いを嗅いだ。


〈わたし、健ちゃんを幸せになんてできない〉


「幸せにしてもらおうなんて、思ってねんけ。果江の言ったこと、真に受けるな」


〈でも! 本当のことだよ!〉


「幸せにして欲しいなんて、望んでねんけ。おれが、幸せにしてやるんけ」


それは、普通なら舞い上がってしまうような言葉なのだろう。


でも、わたしには、殺風景な焼け野原のようなものに感じた。


わたしはコートと鞄を抱えて、リビングを飛び出した。


玄関で、健ちゃんに腕を掴まれた。


「待って。帰るなら、車で送ってくんけ」


わたしは、その手を強く振り払った。


健ちゃんを睨み付ける。


〈1人で帰れる! わたしはいいから、順也を送って〉


間違いなく、わたしと健ちゃんには深い溝ができはじめていた。


リビングから、果江さんが飛び出してきた。


わたしは、自分を見失った。


頭が沸騰していた。