恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、こっそり胸を撫で下ろした。


もしかしたら、健ちゃんが頷いてしまうんじゃないか、と思っていたのも事実だったからだ。


優しい健ちゃんのことだから、果江さんのことを考えてアメリカに行ってしまうんじゃないか。


そう思ってしまったのだ。


健ちゃんが、わたしの肩を叩いて微笑んだ。


「約束、したんけな。ずっと、一緒にいようって、約束した」


健ちゃんは、両手だけを動かした。


唇は動かさなかった。


今、この4人の中でこの手話の意味を分かっているのは、わたしと健ちゃんだけだ。


秘密の話を堂々としているような気がして、不安が和らいだ。


「秘密の会話ってわけか。なんだか、嫌な感じね」


急に、果江さんが立ち上がった。


果江さんはリビングをぐるりと見渡したあと、細い足でアパートの中をうろうろし始めた。


リビングから通じる隣の部屋のドアを開け、果江さんが笑顔で振り向いた。


「この部屋、使ってないの?」


そこは、例の唯一使われていない謎の部屋だ。


健ちゃんが「ああ」と頷いた。


果江さんは、その部屋をなめるように見渡したあと、またにっこり笑った。