恋時雨~恋、ときどき、涙~

静奈はしどろもどろだった。


膝をかくかくさせながらドアの前をふさぐ健ちゃんを突き飛ばした。


絶対、逃がさない。


わたしは走って静奈にとびついた。


懐かしい感触が手に残る。


静奈の華奢な腕。


以前にも増して、比べ物にならないほど、静奈は痩せ細っていた。


なに、これ。


骨と皮じゃないか。


静奈はわたしを突き飛ばして、ドアの鍵を開けようとした。


その際にトートバッグが床に落ちて、中身が散らばった。


わたしは尻餅をついて固まった。


薄汚れたカーペットに、初めて見る物が散らばった。


薄く色付いたピンク色のゼリーのような物が入った容器。


うがい薬。


たぶん、現実には存在しない、静奈のもうひとつの名前なのだろう。


「なぎさ」と書かれた、艶やかな、でも、安くさい名刺。


その名刺に手を伸ばした時、静奈がわたしを突き飛ばしてそれらをトートバッグに詰め込んだ。


静奈は切羽つまった顔をしていた。


わたしは、静奈に飛び付いた。


もう、言葉は要らなかった。


要らないのではなく、通用しないのだ。