恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈無理だよ。だって、もうすぐ、果江さんが〉


わたしの手話を遮って、健ちゃんが言った。


「確かに、帰ってくる。果江と電話した。もう、元には戻れないって言った。好きな子がいるって、言った」


健ちゃんの人差し指が、わたしを差した。


涙で、目の前が滲む。


「真央のことだんけな」


健ちゃんの真っ直ぐな目が、わたしの心臓を貫いた。


「耳が聴こえても、聴こえなくても。おれの気持ちは何も変わんねんけ。だから、付き合ってください」


でも、変わるかもしれない。


わたしは、言葉がでなかった。


「信じられない? でも、この海に誓って、本気だんけ」


健ちゃんが、わたしの腕を引っ張った。


健ちゃんの匂いがする。


わたしの身体は、健ちゃんの腕の中にあった。


このまま、溶けてしまえたらいいのに。


海の波打ち際のように爽やかな香りがする健ちゃんの胸に、顔をうずめて、わたしは泣き続けた。


健ちゃんの大きな手が、わたしの背中を優しく叩く。


わたし、いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。


離れたくない。


ずっと、こうしていたい。