恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、静かに目を開けた。


揺れる、波。


沈む夕陽に、黄昏色の空。


時折、わたしと健ちゃんの隙間を吹き抜ける、秋の風。


焦げるような、木の葉の香り。


濃い茜色に染まりゆく、波打ち際。


何もかも、全てがきれいに見える。


「真央のいちばんにしてください。真央のことが、好きだんけ」


わたしは、メモ帳とボールペンを取り出そうとしたけれど、手が震えてうまくできずにもたもたした。


その手を握って、健ちゃんが微笑んだ。


「あのな。メモ帳は、もう要らねんけ。ゆっくりの手話なら、少し、分かるようになったから」


うそ……。


わたしは息を呑んだ。


しょっぱい。


涙の味がした。


わたしは、恐る恐るゆっくりの手話をした。


〈手話……どうして?〉


健ちゃんがぱっと笑顔になった。


「手話、勉強したんけ。真央と話がしたかったから」


涙があふれた。


「だから、時間かかったんけ。本当はすぐ会いたかったけど。手話できるようになってからって、決めてた」


まだ、初心者だけど、と健ちゃんは照れくさそうに笑った。