恋時雨~恋、ときどき、涙~

果江、さん。


健ちゃんの唇が彼女の名前の名前を言った瞬間、頭がかあっと熱くなった。


胸がむかむかする。


わたしは健ちゃんの手を乱暴に振り払い、背を向けて歩き始めた。


帰ろう。


来なければ良かった。


果江さんの話をするために、わざわざ、こんな所にわたしを連れてきた健ちゃんに、腹がたった。


さっき、幸は言っていた。


後悔してからじゃ、遅いんやで、と。


本当だ。


後悔して、遅かった。


来なければ良かった。


夕陽に背を向けてずんずん歩くわたしに、健ちゃんがそんな事を叫んでいたなんて、知らなかった。


「もう、後悔はしたくねんけ」


わたしは、そんな事にすら気付けないのだ。


惨めな気持ちに、打ちのめされていた。


何?


その時、わたしの背中に、小さくて固い物が当たった。


少し、痛かった。


振り向き、砂の上に落ちていたそれを拾う。


純銀色の、ジッポライターだ。


煙草を吸う時、いつも、健ちゃんが愛用している物だ。


ジッポライターの側面に反射する夕陽の濃い色が、やけに目にしみた。


波打ち際に視線を飛ばすと、健ちゃんが朱いシルエットになって見えた。


何かを叫んでいるようだった。