恋時雨~恋、ときどき、涙~

健ちゃんのスマホに、赤ちゃんライオンと子うさぎのストラップが揺れていた。


幸が、わたしの身体を前に押した。


振り向くと、幸は優しい微笑みをわたしに向けていた。


「行ったらええやん。前進、あるのみや」


〈でも〉


「ストップ」


わたしの手話を遮った幸の笑顔が輝いている。


「もう、会えんかもしれんのやで。それでもええの? 我慢すると、いつか、ハゲてまうで」


ストレスでつるっぱげや、ハゲ散らかしの人生やで、と幸は笑った。


わたしも、笑ってしまった。


〈それは、嫌〉


「せやろ! 行くしかないやんか」


わたしは〈ありがとう〉と手話をして、笑顔の幸に背を向け、残り僅かな急勾配を走った。


夕陽に照らされている、彼の元へ。


何を、どう伝えたらいいのかなんて、分からない。


どうせ、わたしは気持ちを言葉になんかできないのだ。


それでも、わたしの足は真っ直ぐで、気持ちに迷いは無かった。


健ちゃんに、あの日の事を、謝ろう。