恋時雨~恋、ときどき、涙~

〈行かない。裏門から、帰ろう〉


幸は、ゆっくり動く手を理解できるようになっていた。


わたしが、ゆっくりの唇を読み取るのと同じように。


正門に背を向けて急勾配を引き返そうとしたわたしの腕を、幸が引っ張った。


「あの男と、ケンカでもしとんのか?」


違う。


わたしが首を振ると「じゃあ、嫌いなんか?」、と幸が詰め寄ってきた。


それも、違う。


健ちゃんを嫌いだと思ったことは、一度もない。


何も答えようとしないわたしの頬を、幸が軽くつねった。


「何があったんかは、知らんけどな。話くらい、きいたりや」


わたしは、思いなまりのような両手を、ゆっくり動かした。


〈ケンカじゃない。嫌いでもない。でも、もう会わないって決めた〉


「真央は、つめたい女やな」


氷山のように冷たい女や、と幸は無邪気にわらった。