恋時雨~恋、ときどき、涙~

なぜ、健ちゃんがここに来たのかはもちろん、夏と変わらない笑顔で手を振っているのか、が。


幸が、何かを呟いた。


わたしは、幸のブラウスの袖を引っ張った。


〈何て言ったの?〉


この時、「へったくそな手話の男やんけ」と幸は言っていたのだ。


幸がにっこり微笑んで、わたしの肩を小突いた。


「何でもないわ。それより、水くさいやんか。真央にも、ええひと、おるやんか」


違う。


健ちゃんは、そういう関係の人じゃない。


でも、わたしが否定する前に、幸がわたしの背中を押した。


「行き、行き」


わたしは首を振って、幸の元へ戻った。


「どないしたん? 行かんの?」


幸は、本当に手話が上手になった。


呆れた、と言わんばかりに幸が笑った。


「真央のこと、めっちゃ呼んどるんやで。見とるこっちが、恥ずかしいわ」


道行く人たちが、何事かと健ちゃんを見ては振り返り、立ち止まって笑っている。


「どうにかしてや」


と幸は、バス停前に居る健ちゃんを指差した。