恋時雨~恋、ときどき、涙~

「な? こういう簡単なやつも、うまくできんのやで。せやけどな、毎日、真面目に通ってるらしいねん」


わたしも、笑いながらメモ帳にボールペンを走らせた。


【毎日かようくらいなんだから
 いっしょうけんめいなんだよ
 笑うのは失礼】


すると、幸はもっと笑って、わたしの肩を小突いてきた。


「とか言って、真央も笑てるやんか。あんたも、立派な失礼やで」


それから、幸は「男の真似や」と言って、へったくそな手の動きを始めた。


わたしは、駅に着くまで笑いっぱなしだった。


幸の「男の真似」は似ているのかよく分からないが、本当にへったくそだったのだ。


改札口で別れる時、幸はまた手話教室の男の話をぶり返した。


「せやけどな、あの男、なかなか根性あるで。そこだけは、認めるわ」


わたしは鞄から定期券を取り出して、頷いた。


〈また明日ね〉


とわたしが手話をすると、幸は「待って」とパールピンク色のスマホを出した。