恋時雨~恋、ときどき、涙~

この時のわたしには、さっぱり意味が分からなかった。


エレベーターが階に停まり、扉が開いた。


朝も早い時間なので、誰も乗っていない。


まるで、異次元空間のようにがらんとしている。


静奈がエレベーターに駆け乗って、わたしに微笑んだ。


「じゃあね、真央」


〈待って! もう一度、順也と話しを〉


わたしの手話を見て、静奈は涙をこぼしながら首を振り、微笑んだ。


「私、順也と真央が大好き」


静奈が、『閉』のボタンに手を伸ばした。


「順也と真央のためなら、どんな事でもする」


静奈の手話を見たのは、晩秋の再会を果たすまで、これが最後になった。


「本当に、ごめんね」


静奈の目から小さなひと粒の涙が落ちて、扉が閉まった。


わたしは、しばらく、その場に立ち尽くした。


わたしの足は静奈を追い掛けろとしつこく言ってくるのに、でも、動いてはくれなかった。


わたしは静奈から受け取ったプリンを握り締めて、悲しみに打ちのめされていた。