恋時雨~恋、ときどき、涙~

いつも、大きな口で、わたしがちゃんと理解できるように話してくれた。


一度も、めんどくさがらずに。


わたしに、音を教えてくれた。


順也が、わたしの肩を叩いた。


「真央は、健太さんの幸せ、祈ることできる?」


わたしは、にっこり笑って頷いた。


できると思う。


健ちゃんには、いつも、幸せでいて欲しいから。


順也はにこにこして、わたしの髪の毛を撫でてくれた。


「人の幸せを祈れる人は、必ず、自分も幸せになれるからね」


順也の手は大きいのに、とても繊細な動きをする。


心が休まる。


わたしの心には小さな穴が幾つもあって、そこに、順也の手話は素直に落ちる。


落ちて、身体中に染み渡る。


やっぱり、順也は、わたしにとってお兄ちゃんなのだ。


わたしが微笑むと、順也は両手ではなく唇を動かした。


「ぼくも、好きな人の幸せを祈ることにしたんだ」


なぜだろうか。


なぜ、わたしの心臓がぞわぞわと毛虫のように動いているのか、よく分からなかった。


その時だった。


順也が弾かれたように顔を上げて病室の入り口に視線を投げた。


見ると、入り口には今にも泣き出しそうな顔の静奈が立っていて、順也を睨み付けるような目つきでじっと見つめている。


順也は優しい、でも、困ったような説明しにくい表情で、静奈に微笑み掛ける。


「しー、待ってたよ」


そして、順也はわたしに千円札を渡して「焼きプリンを3つ買って来て。3人で食べよう」と言って来た。


わたしはふたりの間に漂う妙な空気に不安を感じながら、千円を握り締め、1階のコンビニへ向かった。