【大切にするね】


もう一度メモ帳を見せて、わたしも笑った。


「安物だけどな」


わたしが首を振ると、健ちゃんは頬を赤く染めて「のど、渇いた」と言い、海の家の近くにあった自動販売機を指差した。


「真央は、なに飲みたい? 買ってくる」


【おちゃ】


メモ帳を見せると、健ちゃんは自動販売機に向かって駆け出した。


大きな背中が、夕陽に照らされていた。


わたしは、ポシェットからスマホを取り出した。


子うさぎのストラップを付けようとした時、背中を叩かれた。


健ちゃん?


でも、そこに立っていたのは知らない男の人だった。


わたしは、思わず後退りした。


足が海水にとられて転びそうになってしまった。


その時、男の人がわたしの腕を掴んで、引っ張った。


わたしはとっさに鼻を押さえた。


酔っ払っているのだろうか。


男の人は、アルコールの匂いがひどかった。


耳が聴こえない分、わたしは臭覚が鋭い方なのだと思う。


麦と、炭酸の匂い。


ビールの匂いなのだと分かった。


「1人で海に来たの? 一緒にお酒飲もう」


そう言って、男の人は向こうを指差した。