恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、目の前に広がる朱色が細かく飛び散る水面を見つめながら、お腹をさすった。


お腹、空っぽだ。


今日の晩御飯は何だろうか、そんな事を思いながら家のキッチンや冷蔵庫の中を想像してみる。


とにかく、一刻も早く、家に帰りたくて仕方なくなってしまった。


向こうから来る気配を感じてシートから身体を起こすと、順也が車内を覗き込んで、わたしに爽やかな笑顔を向けていた。


「真央もおいで。あっちで、みんなと、焼きそば食べよう」


わたしは無理やり笑顔を作って、首を振った。


順也と静奈と、3人でなら食べてもいい。


でも、初対面の人が居ると思うと気乗りはしない。


できる事なら、あまり人前にのこのこと出て行きたくない。


耳が聴こえないわたしを、たいていの人は物珍しそうな目で見てくるからだ。


その都度、わたしは惨めな気持ちに打ちのめされる。


わたしは服の上から胃をさすり、首を振った。


〈お腹、空いてない。ここに居る〉


ごめんね、という手話を添えると、順也は残念そうな顔をして肩をすくめた。


「そう。でも、お腹へったら、遠慮しないでおいで。真央の分、寄せておくからね」


〈ありがとう〉