恋時雨~恋、ときどき、涙~

「どうせまた、つまずく事くらい、分かってるけどな……けどな」


あっけらかんとしていた健ちゃんの無邪気な顔が一気に崩れて、歪んでいく。


「もう、嫌だんけ」


きりりとつり上がってい眉毛が、八の字になって、眉間にしわが寄る。


「真央が隣に居ない毎日は、もう、たくさんだ」


健ちゃんが泣き顔になる。


「そろそろ、戻って来ませんか? おれの隣に、戻ってきませんか?」


彼の頬を濡らしているのは雨なのか、それとも、涙なのか。


わたしは胸がいっぱいで、ただ、かかしのように突っ立っていた。


ぽん、と肩を叩かれて振り向くと、


「立ったまま寝るんじゃない」


と無愛想な店長だった。


「ああ、もったいない。派手にやらかしてくれましたね」


まったく、まったく、と割れたカップの破片を拾い始めた店長の向こうで、真千子さんがわたしにウインクして微笑んだ。


ごめんなさい!


慌てて手伝おうと伸ばしたわたしの腕を捕獲して、


「いいから。お前のやる事は違うだろう」


と店長が立ち上がる。


「真央」


と、幸がわたしの顔をひらりと扇いだ。


「返事はもう、決まってんねやろ? はよ返事せな。な、せやろ、真央」


そうだぞ、と店長があいづちをうつ。


「見ろ。かわいそうに。いつまで雨の中に立たせておく気だ」


ほら、行け、と店長がわたしの背中を軽く押した。


「お前、言ってたじゃないか。返事するって。今度はうっかり忘れたりするんじゃないぞ」


わたしは頷いて、傘も持たずに体ひとつで外に飛び出した。


雨が、降っていた。


この街を瑞々しいオブラートで包み込むような、やわらかくて繊細な雨だった。


ドアが開いた音に反応したのだろう。


出窓がある方から正面の方へ、健ちゃんが飛び出して来た。


「真央……真央!」


わたしを見つけた健ちゃんが立ち止まる。


見事に、びしょ濡れだ。


健ちゃんと目が合う。


落ちて来たひと粒の雨がわたしのまつ毛で弾けて、細かく砕け散る。


わたしたちは一定の距離を保ったまま、見つめ合った。