恋時雨~恋、ときどき、涙~

白く横長の長方形の紙だ。


小さくて読むには難しいけれど、何か文字が書いてあるのが見える。


「2年前、海に流されたんけな」


書き直して来た、と健ちゃんがしたのはうさぎの手話だった。


「短い耳の、うさぎさま」


もう、我慢の限界だった。


泣かないつもりだった。


笑っているつもりだった。


「返事、聞かせて下さい」


そして、健ちゃんはライオンの手話をした。


「よわむしの、らいおん」


たいへん。


わたしは、慌てて目をこすった。


でも、やっぱり、たいへん。


こすっても、拭いても、後から後から、追いかけるように涙があふれて来るのだ。


たいへんだ。


わたしの目には、ダムがある。


そこにはちゃんと、専門に管理しているひとがいる。


だけど、その人がうっかり居眠りをしたのかもしれない。


ダムは決壊。


困ったなあ。


今月のお給料、大幅にカットしなくっちゃ。


わたしはポケットから手を抜き出して、大きく深呼吸した。


〈いいの? わたしで、本当にいいの?〉


ダムの修理を依頼しなくっちゃ。


何日、かかるかな。


〈耳の短いうさぎでも、いいの?〉


後悔しない? 、そう問いかけると、健ちゃんはあっけらかんと笑って、わたしを指さした。


「真央じゃないと、おれがだめだんけ。おれは、これからの人生」


立ち止まって、つまずいて、転んで、遠回りしても。


「それでも、真央と一緒に、歩いて行きたい。真央と一緒に、生きていたい」


と続ける健ちゃんの目は真っ直ぐにわたしを見ている。


「遅くなって、ごめん。おれたち、たくさん、回り道したけど」


わたしは息を飲んで、窓ガラスの向こうに居る健ちゃんを見つめ返した。