恋時雨~恋、ときどき、涙~

一体、どうしたというのだろう。


気付いた時、幸は今にも泣き出しそうな顔になっていた。


〈どうしたの?〉


幸、とその顔を扇ぐ。


「ど……どうしたも、こう……したも……あんた」


ふるふると唇を震わせながら、幸が両手を動かす。


「ちゃんと見とかんと、また、見失ってまうで。いちばん大切なもん、見失ってまうで」


ええか。


ちゃんと見てみいよ。


「ええか」


ともう一度念を押してから、幸がわたしに人差し指を突き出す。


かつては几帳面なほど手入れが行き届いていた、幸の爪。


今は何もされていなくて、素朴な爪。


その指がゆっくりと、本当にゆっくりと出窓を指す。


……え。


わたしは強烈な雷に打たれたように立ち尽くした。


うそ。


透明なビニール傘をさした人が、外から店内をじっと見つめていた。


気付いた時、わたしの足元はカップの破片に囲まれていて、レモンとハチミツの甘ずっぱい匂いに包まれていた。


窓ガラスの向こうは、絹糸のような雨。


お日さまは分厚い雨雲の向こうにすっかり隠れてしまっている。


それなのに、眩しくて。


眩くて。


わたしは、たまらず目を細めた。


もしかしたら、わたしはあの夏の日にタイムスリップしてしまったのかも。


そんな事を思った。


絹糸のような細い細い雨を受けて弾く、透明なビニール傘。


真っ白のTシャツとスニーカーに、緩いジーンズ。


おいしそうなキャラメル色の髪の毛。


ライオンの鬣のようなわさわさ頭。


赤ちゃんライオンの牙みたいな八重歯が覗く、大きな口。


「真央」


その口が、確かに、わたしの名前を言っているのだ。


「ここが、真央の職場か」


あっけらかんとして、よっ、なんて右手を上げていたのは、ライオン丸。


〈……どうして〉


わたしは、震える手で問う。