恋時雨~恋、ときどき、涙~

「それが、変な人居たんだ。そのドアから、店の中、じーっと覗いてたっけ。今……居ないみたいだけど」


お客さんだったんでないの、と真千子さんは言い、


「んだのに、店閉まってるし、雨降って来たから、帰ったんでない」


と紅茶をすすった。


その時、わたしのスマホに、幸からラインが入った。


今仕事が終わったので店に来る、という内容だった。


そのラインをふたりに見せると、


「ああ、休憩中でも良ければ」


「ちょうどシュークリーム余ってるし、いいんでない」


と言ってくれた。


話戻るんだけど、と真千子さんが言う。


「それにしても、へんな人だったよ」


それで、まるで一発ギャグを見たように、可笑しそうに吹き出した。


「やっぱり都会だ、東京は。いろんな人が居るんだなあ。おもしろい街だなあ」


なあ、と膨らみを増したお腹を愛しそうに撫でながら笑う真千子さんに、店長が話しかける。


「当たり前だべ。名寄とは違う。それで、どんな人だったんだ」


「あのな」


と真千子さんは、わたしと店長に順番にニッと白い歯を見せて、突然、店長の整った髪の毛を両手でがしがしと掻き乱した。


「こういう、もじゃもじゃ頭でな。ぴかぴかの髪の毛で」


「うわ、何する! やめれ」


店長の髪の毛が、山嵐のように乱れる。


「んで、舐めるみたいに店の中じーっと見てたっけ。あれなば、ストーカーと勘違いされてもおかしくね。ストーカーだ、ストーカー。んだけど、すんごい笑顔だった」


な、可笑しいべ、と真千子さんは大きな口でシュークリームにかぶりついた。


「ああ、分かったぞ。それ、俺のストーカーだ。いい男だからな」


とてぐしでささっと髪を整える店長を、真千子さんが笑い飛ばす。


「んだわけないべ。ちゃんと鏡見てからそういう事言え」


「んだって。間違いねえ。俺のファンだべ」


「んだわけねえ。んだって、その人、男だったもの」


「なっ! したら、それを先に言え」


恥ずかしそうにむっとした店長に、真千子さんは少し勝ち誇ったように口角を上げる。


「わたしの勝ちだな」


「勝ちも負けもねえべ」


店内は、幸せな空気に包まれていた。


真千子さんのカップが空になっている。


わたしはカップを指さして、飲む? 、とおかわりを促す。


「ありがとう。飲む」


真千子さんが頷く。


わたしは再び厨房に入り、今度はホットレモネードを淹れていた。


その時、店のドアが開いて入って来たのは、傘をさしたまま息を乱した幸だった。


走って来たのだろうか。


苦しそうに肩で呼吸をしている。