恋時雨~恋、ときどき、涙~

店長は無愛想で不器用で、だけど、心配症だ。


そわそわしている店長の肩を叩く。


どうぞ、とコーヒーをテーブルに置くと、


「ああ、悪いな。ありがとう」


と店長はもう一度外を確認したあと椅子に座り直して、コーヒーをすすった。


「それにしても、遅すぎるな」


落ち着きのない店長が椅子を立ったとほとんど同時に店のドアが開いて、雨の瑞々しい香りと共に入って来たのは、傘をたたむ真千子さんだった。


「ただいま」


真千子さんは言い、ドアの真横にある傘立てにビニール傘を差しこんだ。


「見て」


真千子さんは持っていた小さなお菓子箱を顔の高さまで持ち上げる。


「おいしそうなシュークリーム見つけたのよ。みんなして食べようと思って、並んでたら、遅くなってしまったんだ」


「なにそんなもん。いつでも食えるべ。こんな雨降りに並んだりして、体冷やしたらどうすんだ」


呆れ顔で椅子に座った店長に、


「んだって、嬉しがったんだもの。ささやかなお祝いだ。お祝い」


と真千子さんがあっかんべえをする。


お祝い?


わたしと店長は目を合わせて、同時に首を傾げる。


「まあ、お祝いってのは違うかも分かんねけど。あのな、今日分かったんだよ。性別。秀一、言ってたべ。まず、一人目は」


女の子がいいなって言ってたべ、


と真千子さんが小さな顔の横でピースサインを作る。


「そうかあ……ああ、んだのかあ! 女だったのかあ」


店長は、けっこう単純な大人だと思う。


大人というより、完全に、タケハナ少年だ。


「俺さ似てる。絶対そうだ」


そして、真千子さんが買って来てくれたシュークリームをテーブルに並べて、みんなで食べる事にした。


【飲み物はなにがいい?】


メモ帳を見せると、真千子さんは「ありがとう」と頷いた。


「ローズヒップがいいなあ」


温めたティーカップにローズヒップティーを注ぎ、レモンの輪切りを一枚落とし、厨房から出ると、


「あのさ、秀一」


と妙な顔つきの真千子さんが、ドアを指さした。


なに? 、と小首を傾げながら、店長がコーヒーをすする。


「なして、こんな時間から店閉めたの?」


いや、閉めたわけでねえよ、と店長が首を振る。


「お客さんが途切れたから、休憩だ」


「んだの」


「ああ。なして? いつもそうしてるべ」


わたしは真千子さんの前にティーカップを置いて、椅子に座った。


「いい香り。ありがとう、真央ちゃん」


と微笑んだ真千子さんはしきりに外を気にしている様子だ。


外は、雨が降っている。


何だ、さっきから外ばかり見て、と店長が聞いた。