恋時雨~恋、ときどき、涙~

【むかえに来てもらえるから
  いつでも渡せます
  ご心配なく】


「そうか」


と店長は微笑みをこぼし、


「信じているんだな。かっこいい女だな、お前は」


早く来てくれるといいな、そう言って、わたしの頭をぽんと弾くと、仕込の続きに戻った。


店長の背中に、こっそり呟いた。


〈わたし、かっこいい女じゃない。全然、かっこよくない〉


わたしは、健ちゃんを信じている。


信じようと思う。


……信じたい、と。


でも、もう、だめかもしれないと思うのも、事実で。


だめになった時のための準備を始めようとしている。


メモ帳とボールペンを、そっと、大切に鞄にしまった。


こんなふうに。


心の準備をしようとしている。


だってもう、2年だ。


わたしは、25歳になった。


区切りを付けるには、今だと思う。


今年の、この雨の季節が終わったら、待つのをやめようと思う。


雨の季節が終わって、夏が来たら、もう。











昼時に数組のお客さんが来た。


最後の一組のお客さんを店先で見送ったあと、


「降って来たな」


と窓ガラス越しの空を見上げた店長が言った。


「ほら、見てみろ」


隣に並んで、外を見る。


本当だ。


街路樹の葉が雨を受け止めて揺れている。


するりするり、とか細い絹糸のような雨粒が、灰色の上空から降りて来る。


乾いていたねずみ色のアスファルトが、あっと言う間に黒く変色した。


通りすがりの人たちが上着を頭からかぶったり、バッグで雨を避けながら足早に駆けて行く。


街路樹の青葉たちが雨粒を弾く。


店長が店のドアに掛けていた【OPEN】のプレートを【CLOSE】にして、戻って来た。


「別に、閉店するわけじゃないぞ」


時計の針は、午後2時を差そうとしていた。


「客も途切れた事だし、少し、休憩しよう。コーヒー、淹れてくれないか」


わたしは頷いて、厨房に入り、コーヒーを淹れる。


コーヒーを淹れたカップを持って行くと、「遅いな」と店長は心配そうに頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。


「本降りになる前に、帰って来るといいんだけど」