恋時雨~恋、ときどき、涙~

「秀一は女の気持ち、なんも分かんねんだな」


と、まず、真千子さんが店長をど突く。


これが、引き金になるのだ。


「知るか。俺は、男だ。女でね」


「したって、分かろうとしてくれたっていいべ。何だ、あの言い方」


「俺は器用な男でねえもの。んだけど、あれでも精一杯の優しさだ」


「はあ? どごが優しさなの? 笑ってしまう」


いつも、こうだ。


「ああ? 俺、優しいべ」


「どご? どごが? あーあ、もっと優しい男と結婚せば良かったがなあ。秀一と一緒になるんでながった」


いつも、いつも、こうだ。


店長が床に落ちていた布巾を拾い上げ、真千子さんを睨む。


「せば、離婚だな。リ、コ、ン」


「よし、分がった。離婚だ」


「離婚、離婚」


いつも、いつも、いーっつも、こうだ。


真千子さんが店長を睨み返す。


「離婚する人とは、口きかねえ」


「こっちだって」


フウフ、って、ちょっと、楽しそうだ。


ふたりが見えない火花を散らす度に、なぜかそう思う。


可笑しくて、堪えきれなくなって、つい吹き出してしまう。


店長と真千子さんは、いつも、ほんのちょっとした事ですぐにケンカする。


それで、すぐに「リコンだ」と言う。


離婚だ、こっちだって離婚だ、と言い合ったあとは決まって背中を向けあう。


「真千子」


でも、数十秒後に、離婚は白紙になる。


「何だ?」


ふたりは目が合った瞬間、同時に「あ」と口を開いて、「離婚する人と口きいてしまった」「離婚できなくなった」なんて、何も無かったように笑う。


店長が壁時計を指さす。


「時間だ。そろそろ、支度しておけ」


「あ、んだね」


と真千子さんも時刻を確認したあとエプロンを外し、出かける支度を始めた。


真千子さんがわたしの肩を叩いて、


「せば、行って来るからね」


と微笑んだ。