恋時雨~恋、ときどき、涙~

そして、もう一度東京で店を開くと決意した店長と、真千子さんは、1年前の雨の季節に上京してきたのだった。


キッチン・タケハナが、この街に戻って来たのだ。


「久しぶりだな。お前、なんでまだ東京に居るんだ? さては、振られたんだろう」


店長との再会から、1ヶ月後の事だ。


わたしは再び、キッチン・タケハナでお世話になることになった。


それからというもの、わたしの日常は規則正しい忙しさを取り戻し、健ちゃんとの連絡の頻度も少しずつ減って行った。


あれからさらに、1年が経とうとしている。


紫陽花の季節がやってきたのだ。


最近は、時々、仕事帰りの幸が友人を連れてお店に顔を出してくれる。


順也と静奈も相変わらず順調なようで、写真を送ってきてくれる。


でも、2年前の再会以来、わたしと健ちゃんは一度も会っていない。


≪待っていてくれないか≫


時が経つに比例して、連絡は少なくなる一方だ。


≪必ず、迎えに行くよ≫


わたしは、今までにないほど、不安と戦っている。


それを、仕事の忙しさで紛らそうとしている。


このまま、何も無かった事になってしまうのではないか。


あの再会こそ幻で、わたしたちの恋は今、自然消滅の道を辿っているのではないだろうか。


だって、もう、2年だ。


まだ2年だ、と思えばいいだけの事なのかもひれないが、わたしには「まだ」ではなく「もう」なのだ。


なぜか、あの3年よりも遥かに長いものだと感じてしまうのだ。


不安は募る一方で、仕事中の溜息も重さばかりが増す。


いつもの時間より少し早く出勤し、真っ白のワイシャツに黒いエプロンの制服に着替える。


オープンキッチンの厨房に入り、デザートの仕込をしながら大きな溜息を落とした時、肩を叩かれた。


「お、は、よ、う」


店長だった。


ぺこりと会釈をする。


「と、こ、ろ、で」


え? 、とわたしは作業を中断して、店長の口元を見つめた。


「お前、毎日溜息ばかりついてるけど」


テーブルを拭いていた真千子さんも手を止めて、心配そうにこちらを見てきた。


「その後。どうなっているんだ? 連絡、は?」


店長も真千子さんも、わたしの重い溜息の理由を知っている。


わたしは肩をすくめながら、小さく首を振った。


ぽつり、ぽつり、ではあったけれど途絶えたことのない連絡が、先月からぷつりと途絶えてしまったのだ。


ここ1ヶ月、健ちゃんからの応答が一切ない。


メールを送っても、手紙を送っても、返事がない。