恋時雨~恋、ときどき、涙~

え……、とわたしは目を見開いた。


何……今、何て?


日没直後の辺りはまだ明るいとはいえ、やはり仄暗い。


細々と動く彼の手の動きが見えにくい。


〈よく見えない……もう一度、何?〉


わたしは手探りするように彼の手に触れて、その動きを確かめる。


ひとつひとつ、言葉を確かめていった。


《もう一度》


うん。


《おれを》


うん。


わたしは息を飲み込んだ。


《信じて、くれませんか?》


もう一度だけでいいから、と言いかけたその手を掴んで、わたしは頷いた。


今は、とわたしの手の中で、健ちゃんの手が動く。


《今は、今すぐには、無理だけど》


うん。


《この声が、治るまで、無理だけど》


うん。


《今度は、必ず、迎えに、行くから。約束、する》


……うん。


《待っていてくれないか。東京で。待っていてくれないか》


待っていても、いいの?


《必ず、迎えに、行くよ》


うん。


わたしは頷きながら両手で彼の手を握りしめ、そっと、唇に当てた。


そして、顔を上げ、もう一度しっかりと、しっかりと頷いた。


健ちゃんの目からぼろぼろとこぼれる涙はまるで、夜空色のビー玉みたいだ。


〈待っています〉


わたしの手を、健ちゃんが捕まえる。


わたしたちにはもう、言葉も手話も必要なかった。


何も、要らなかった。


健ちゃんはわたしの頭を両手で挟むように仰向かせ、強引に唇を重ねた。


心臓が爆発しそうで怖くて、でもそれ以上に苦しいほどの甘ったるい熱がわたしの頭を真っ白にしていった。