恋時雨~恋、ときどき、涙~

わたしは、どうかしている。


ひだまりに、溺れそうだ。


抱き寄せられた。


たったそれだけのことなのに。


こんなこと、前に何度もあったことなのに。


健ちゃんの一部になれた気がして、嬉しくて。


そして、震えるほど、怖かった。


このひだまりのような腕に抱き寄せてもらえることなど、この先一生ないと思っていたから。


震えるほど恐ろしく、そして、幸福だった。


あふれて、あふれて、あふれて。


想いは尽きることなくとめどなく、涙に姿を変えて、あふれる。


このまま、世界が終わってくれたら……いいのに。


わたしは、おそるおそる、確かめるように、震える手を彼の背中に回した。


そして、しがみつく。


けれど、わたし以上に震えていたのは、彼の方だった。


その震え方は尋常ではなかった。


わたしを抱きしめる力が、ふと、緩む。


はっとして顔を上げると、くしゃくしゃに歪んだ顔で、たっぷりの涙を張った目で、健ちゃんがわたしを見つめていた。


ま、お。


健ちゃんの唇が微かに動く。


《おれも、苦しい》


健ちゃんの手がそう訴えて来たのとほとんど同時に、夕日が水平線の向こうに姿を消した。


あたりは仄かに暗くなり、わたしを見つめる彼の肩越しにはぽつりと白く、一番星が輝いている。


この世とは思えないほど、とても静かな瞬間だった。


健ちゃんの頬を一筋の涙が伝って行った。


《どうしようもなく、好きだ》


彼の指が震えながら躊躇しながら、再びわたしの髪の毛の中に滑り込んでくる。


そして、ゆっくり降りて来て、頬に触れる。


わたしは健ちゃんの瞳をじっと見つめ返しながら、ワイシャツの襟元を強く握りしめた。


頬に触れていた指先が、次第に降りてくる。


敵に脅える小動物のように震える彼の親指が、わたしの下唇をそっと撫でる。


次の瞬間、彼の顔が沈む夕日のように近づいて来て、唇に吐息がかかった時、わたしはそれを拒んだ。


〈待って〉

彼の胸を押して、隙間をとる。